人生において

何か新しいことにを始める時に
最初から自信がなくて失敗するかもしれないと疑う人と
常に自分の成功を信じて疑わない人に分かれることがあります。

 

失敗を恐れる人は陥りやすい行動は
充分な調査をしない事から「疑念」が湧いてくるものと考えられます。

 

他方、成功を信じている人は、事前の下調べを良くしていて、
成功するイメージを抱いているパターンが多いものです。

 

この様に考えると、成功するか失敗するかは
常に外に原因があるのではなく、自分の内部に潜んで知るものです。

 

あなたの成功をねたむ気持ちが
心の中に隠れていて、反逆してやろうとか、
野望をくじいて目標から目を逸らさせる時を
じっと息をひそめて待っているのです。

 

その心の中の成功をねたむ種が「疑念」というものです。

 

 

人生の岐路で立ちふさがる「疑念」

社会人としてのスタートや
転職に伴うリスタート、定年を迎えて自由人になった時など
新たに始める時に心の中に巣くっている「疑念」
心の中に広がって言いようのない不安に取りつかれる人はいるものです。

 

また、自分がそのような境遇になった時に
「疑念」にまとわりつかれることはある程度覚悟をしておいたほうがいいでしょう。

 

残念ながらこの「疑念」は死ぬまで付きまとう厄介なものなんですね。

 

友人のふりをしたリ、手を差し伸べるようにしたりして
多くの老若男女を惑わし続けています。

 

この「疑念」のせいで本来の力が発揮できず埋没する人は常に増え続けています。

 

「疑念」という抵抗力の持つ力は大きく、進むべき一歩を強力な力で躊躇わせます。

 

人生の岐路で楽だが目標から外れる道より
厳しくてもツライ道を進もうと覚悟を決めた瞬間から
「疑念」がブレーキをかけてきます。

 

その時、「疑念」は「よく考えてみろ」
「その方向は正しいのか」などと心につぶやき、押しとどめようとします。

 

楽で明るそうな方向に目を向けず、
敢えてなぜ厳しい道を選ぶのかと検討するように迫ってきます。

 

「疑念」に勝てない多くの人はここで「挫折」していきます。

 

「疑念」のささやく声に迷いが生まれ、厳しい道の行く手の
困難さに臆するよう障害の大きさを示し、恐怖を味わうように追い詰めていきます。

 

当然、「疑念」に取り込まれた人はこの時点で本来行くべき方向を見捨てるのです。

 


この項 続きます