katame

 

 

 

 

 

 

 

 


前、複眼について書いたことがあります。

 

「視点を変えると見えてくるものとは」で目の高さを変えると
違った風に見えるというところから、
複眼について簡単ですが書きました。

 

今回はそんな「複眼」を意識していると
色々と知らなかったことが、向こうからやってくる
実例?生活に何の役に立たないことですが、
徒然るままに書いてみようかと。

 

この日本が「江戸時代」「鎖国政策」を取ったという事を
歴史で習って覚えている方は多くいると思いますが、
何となく此のことに意識を向けていると
意外なことが判ってきました。

 

学校で習った「鎖国政策」は海外への渡航、および
外国との交流を厳しく禁止した。という事です。

 

あまり深く、何故そのような政策を取ったか
教えて貰った記憶がありません。

 

この「鎖国」にした経緯を知ったことは、実に以外で、
衝撃的でさえありました。(私にとってですが)

 

さて、この「鎖国政策」に至る経緯は
「織田信長」「天下統一」を目指していたころに
そのきっかけがあると言ったら、信じるでしょうか?

 

「安土桃山時代」の頃、「キリスト教の宣教師」が来ます。

 

「織田信長」は新し物好きだったのでしょうか?

 

「宣教師のルイス・フロイス」の記述によれば、
かなりの南蛮好きだったようです。

 

「織田信長」自身は宗教嫌いだったとも書かれていますが、
布教活動に対しては禁止にしなかったようです。

 

しかし、この布教活動には裏があります。

 

当時の最強国は「ポルトガル」でした。

 

「ポルトガル」の植民地政策として
布教活動して、対象となる国に、宣教師を派遣して
布教と共に、その国の内情をスパイさせ報告させています。

 

布教活動が浸透していくと同時に、
植民地化政策を推し進めていくために
侵攻して略奪・奴隷化して自国の植民地としていきました。

 

当時の列強国のやり方です。

 

「豊臣秀吉」の時代には、日本の農民(主に女子供)が
攫われて、異国に奴隷として売り飛ばされたという事実があります。
(その数数十万人と言われています)

 

「豊臣秀吉」はこの事実を知ると「バテレン追放令」を出して
禁止させました。

 

日本人が売られている事実をどれだけの人が知っているのでしょうか?

 

「豊臣秀吉」「朝鮮出兵」もこの事が関係していて、
朝鮮半島が植民地化されると、「豊臣秀吉」は日本もやがて
ヨーロッパの国の奴隷となるかもしれないと危機感を感じて
先手を打ったというところが真実ですね。

 

「ポルトガル」国力が疲弊して
戦力は落ちてきていましたが、それでも
まだ、アジアを蹂躙するだけの力はあったのでしょう。

 

そして、「豊臣秀吉」は世界情勢をある程度知っていたのでしょうね。

 

中国の一部と朝鮮半島が植民地になると
のど元に剣先を突き付けられる状況に
日本がおちいるのでそうしたくはなかったのです。

 

また、「全国統一」をしたとは言え、
まだまだ、反乱分子がいる状況でありながら、
各国の武将が謀反を主すことなく、
「豊臣秀吉」の指示を受け入れたのは
共通した危機感を抱いたからです。

 

残念ながら、「朝鮮出兵」は道半ばにして失敗します。

 

それでも、攻めてこなかったのは、日本の技術力を
恐れていたためでした。

 

「種子島」「鉄砲」が伝来して、
間も無く、日本人は「鉄砲」の構造を理解して
大量生産できるほどの技術がありました。

 

それを見た南蛮人は「日本人恐るべし」と畏怖を抱いたのが
功を奏していました。

 

それと侍たちの戦闘時の強さも恐怖を抱かせるに十分でした。

 

悪戯に攻め込むと手痛いしっぺ返しを食らうと
南蛮人は慎重にならざるを得ませんでした。

 

アジアで植民地にならなかった国は3か国だけです。

 

「中国」「タイ」「日本」です。

 

「中国は広すぎて攻めきれない。
タイは騙すので信じられない。
日本は強すぎて戦えない。」

 

当時のヨーロッパではこう言われたようです。

 

「豊臣秀吉」は日本の民を売買させないよう守る為、
外国に立ち向かいました。

 

「徳川家康」はその事実を知っていたのでしょう。

 

外国との交流を最小限に抑えたのが「鎖国政策」です。

 

長崎の出島に交流地を作り、「朝鮮」「オランダ」だけを
対象にした貿易政策をするようになりました。

 

「鎖国政策」とは単に、世界と隔絶した社会を作るのではなく、
民の安全と平和を構築するためにはどうしても必要な方法だったのでしょう。

 

そのおかげで、江戸時代は犯罪も少なく、治安もよく
識字率も世界一になりました。

 

日本本来の外国人による無法化もない社会を150年前にはありました。

 

玄関のかぎをかけなくても泥棒が入らない国。

深夜でも女性が一人夜道を歩ける国。

財布を落としても中身が元のまま、戻る国。

警察官がピストルをバンバン撃たない国。

 

そんな国は世界のどこを探しても
この国以外にありませんね。

 

私は、この国に生まれてきてよかったと
思っています。

 

そして、1つの事象から、多面的に
見て判断する「複眼的思考」を学べたことに感謝しています。

「引き寄せの法則」「複眼」「如何に日本を良い国にするべきか」
考えて多くの文献に触れた一つの知識が今回の内容となりました。

 

最後までお読み頂き誠にありがとうございます。
あなたの願望は必ず実現すると信じております。
翔望(syo-fu)